1.葛藤
「もう、あの人は来なくていいから。」
訪問看護の現場で働いていると、耳にすることがある言葉です。
しかし、それが自分に向けられたときの衝撃は、かなりありました。
私は、約半年間にわたって関わってきた利用者さんから、明確に訪問を拒否されました。
周囲からは「優しく丁寧に関われているね」と言われることが多く、自分でも少しずつ信頼関係を築けている実感がありました。だからこそ、その宣告はあまりにも突然で、深く胸に刺さりました。
もちろん、最初は激しく落ち込みました。
しかし、時間が経ち冷静に振り返る中で、この苦い経験こそが「作業療法士として最も大切なこと」を教えてくれたのだと気づきました。
今回は、私が経験した失敗と、そこから得た気づきを整理してお伝えしたいと思います。
2. 医療者として「正しい提案」をし続けていた
拒否された利用者さんは、末期の肺がんを抱えた一人暮らしの方でした。
右肺の大部分を切除し、縦隔への転移に対する放射線治療も受けておられました。身寄りはほとんどおらず、生活保護を受給しながら、入退院を繰り返す日々。アルコールへの依存も強い状態でした。
医療者の視点から見れば、
「このまま一人暮らしを続けるのは、あまりにも危険だ」
そう判断するのはごく自然なことです。
だからこそ私は、良かれと思って何度も提案を重ねました。
- ショートステイの利用
- 施設への入所検討
- 訪問サービスや支援の拡充
しかし今なら分かります。私が提示していたのは「医療的な正解」であって、「本人が望んでいた未来」ではなかったのです。
3.医療者は「安全」を見る。でも、本人は「人生」を見ている。
医療従事者の習性として、私たちはどうしてもリスクに目が向きます。
- 「もし転倒したらどうするのか」
- 「急激に呼吸状態が悪化したらどうするのか」
- 「また救急搬送になってしまうのではないか」
リスク管理はプロとしての責任であり、決して間違いではありません。
しかし、利用者さんが見ていた景色はまったく異なるものでした。
- 「どんなに危険でも、最後まで自分の家で暮らしたい」
- 「施設に入って縛られるくらいなら、ここで倒れた方がマシだ」
終末期ケアやACP(アドバンス・ケア・プランニング)において最も尊重されるべきは、「その人が何を大切にして生きたいか」という価値観です。
私は「安全」を守ろうとしていた。
でも、利用者さんは自分の「人生の主導権」を守ろうとしていた。
両者の間には、埋まらないズレが生じていたのです。
4.「心配」から出た言葉が、「否定」として届く恐怖
私に悪気は一切ありませんでした。
- 「体調が優れないようですね」
- 「お酒の量は少し控えた方がいいですよ」
- 「いまの生活スタイルを続けるのは難しいかもしれません」
これらはすべて、純粋な心配から出た言葉です。
しかし、相手の受け止め方は違いました。
「また自分の生き方を否定された」
「この人は、自分の今の暮らしを認めてくれない」
心理学には、自分の選択肢や自由が脅かされたと感じたとき、人は無意識に反発する「心理的リアクタンス(抗拒)」という現象があります。良かれと思った正論や指導ほど、相手にとっては「押し付け」や「攻撃」に聞こえてしまうのです。
5.自分自身の特性(ADHD)との向き合い方
ここで一つ、自分自身の反省点にも触れておかなければなりません。
私にはADHD(注意欠如・多動症)の特性があります。
- 相手の話が終わる前に、頭の中で結論を急いでしまう
- 「今すぐ伝なければ」と焦り、言葉が先に出てしまう
- 相手の一瞬の表情の変化や沈黙の間(ま)を見落としてしまう
もちろん、訪問拒否の理由をすべてADHDのせいにするつもりはありません。
しかし、「良かれと思って先走ってしまう」自分のコミュニケーションの癖が、利用者さんを追い詰める一因になっていた可能性は否定できません。自分の特性を客観的に把握し、ブレーキをかける術を持つことの重要性を痛感しました。
6.それでも、すべてが「自分のせい」ではない
ただし、ここで必要以上に自分を責めすぎるのも違います。
終末期にある患者さんは、計り知れない苦痛と孤独を抱えています。
- 病気の進行に対する強い怒り
- 忍び寄る死への恐怖と不安
- 自由を失っていく喪失感
- アルコール依存による情緒の不安定さ
抱えきれないネガティブな感情が、最も身近にいる支援者へ向けられることは珍しくありません。心理学でいう「感情の置き換え(転移)」です。
私自身に改善すべき点があったのは確かです。しかし、「拒否された=自分が100%悪かった」と結論づけるのではなく、多角的な要因が重なった結果だと冷静に受け止める視点も持たなければなりません。
7.この苦い失敗から学んだ「3つの行動指針」
半年間の関わりが無に帰したような悔しさは残ります。しかし、この経験を糧にするために、私は今後の臨床で以下の3つを徹底すると決めました。
① 「何をしたいか」の前に「何を大切にしたいか」を聴く
手段やリハビリ目標を聞く前に、「この生活の中で、絶対に譲れない大切なものは何か」という根本的な価値観を真っ先に確認します。
② アドバイスの前に、まず「徹底的な共感」を挟む
「心配です」とこちらの意見を出す前に、「家で過ごしたいという強いお気持ち、よく分かります」と相手の意思を一度丸ごと受け止めます。
③ 相手の表情が変わったら、一度「口を止める」
一方的に説明を続けるのではなく、沈黙や視線の動きに敏感になること。「今の私のお話を聞いて、どう感じられましたか?」と問いかけ、相手に主導権を戻す間を作ります。
おわりに:「正しさ」よりも「分かってくれた」という実感
訪問を拒否された事実は、今でも胸を痛めます。
しかし、あの利用者さんは身をもって、作業療法士として最も大切な教訓を遺してくれたのだと思っています。
医療者はつい「正しさ(正しい医療・安全な生活)」を提示したくなります。
しかし、人は「正しいから」動くのではなく、「この人は自分を理解してくれている」と感じたときに初めて、心を開いてくれるのです。
「安全を守る専門職」である前に、「その人の人生の伴走者」でありたい。
この苦い経験を忘れず、次に出会う利用者さんの声には、もっと深く耳を澄ませられる作業療法士を目指していきます。


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