- 「お願い」と言われると、全部やらなきゃいけない気がしてしまう
- 「期待されている」と「仕事を任せやすい」は同じではない
- 「事実」と「解釈」を分けられる
- 仕事を任されたら「全部やる・何もしない」の二択にしない
- 「何をしてほしいのか」を具体的に聞く
- 仕事を任されたときに確認したい5つのこと
- 「主要人物とコミュニケーションを取る」という考え方
- 仕事を頑張りすぎる人ほど「境界線」が必要なのかもしれない
- ぐるぐる考えてしまったら、「考える」より「確認する」
- 「期待に応えない」のではなく、「必要なところで応える」
- 20代の自分にはできなかったことを、今は少しずつ覚えている
- 仕事は「全部背負う」のではなく「適切な大きさで引き受ける」
「お願い」と言われると、全部やらなきゃいけない気がしてしまう
仕事をしていると、こんなことはないでしょうか。
「これ、お願いしていい?」
そう言われると、
「自分に期待してくれているのかな」
「ちゃんと応えないといけないな」
「だったら、できるところまでやろう」
と考えてしまう。
そして気づいたら、頼まれた仕事だけではなく、その周辺の仕事まで自分で考えて、調整して、動いている。
最初は「ちょっと手伝ってほしい」と言われただけなのに、いつの間にか自分が責任者のようになっている。
僕自身、こういうことが昔からありました。
20代の頃も、職場で何かを任されたり、期待されているように感じたりすると、必要以上に頑張ってしまうことがありました。
病院でリーダーのような役割をしたときもそうでした。
そして現在、訪問看護ステーションで仕事をしていても、似たようなことが起こっています。
リハビリ主任がいないこともあり、僕にいろいろな業務を任せようとする場面があります。
すると僕は、つい「自分がやらなければ」と思ってしまう。
でも、あとから冷静に考えると、
「これは本当に僕が全部やる仕事だったのだろうか?」
と思うことがあります。
もしかすると、必要だったのは「全部背負うこと」ではなく、「どこまでやればいいのかを確認すること」だったのかもしれません。
「期待されている」と「仕事を任せやすい」は同じではない
ここは、仕事を頑張りすぎる人にとって重要なポイントだと思っています。
仕事を任されたとき、
「自分が期待されている」
と考えることがあります。
もちろん、本当に評価されている場合もあります。
でも、それだけとは限りません。
単純に、
「頼みやすい」
「真面目だから断らなそう」
「ちゃんとやってくれそう」
「今、人手が足りない」
という理由で仕事が集まっている可能性もあります。
つまり、
「仕事を任された」という事実と、「自分が高く評価されている」という解釈は別のものです。
ここを混同すると、必要以上に責任を背負ってしまいます。
僕自身、以前はこの二つをかなり混同していたと思います。
「頼られた」
↓
「期待されている」
↓
「期待に応えなければいけない」
↓
「だったら自分が全部やろう」
という流れです。
でも、この間にはいくつもの推測が入っています。
「事実」と「解釈」を分けられる
これは認知行動療法の考え方とも相性がいいと思います。
たとえば、
「スケジュールをお願いしたい」
と言われたとします。
ここで、
事実
「スケジュールをお願いされた」
と、
解釈
「自分にスケジュール全体を任せたい」
「自分が責任者として全部やらなければならない」
「期待されているから頑張らないといけない」
を分けてみます。
実際には、相手が求めていたことはもっと小さかった。
僕の場合も、実際に確認してみると、スケジュール全体を組んでほしいわけではありませんでした。
月1回の看護師さんの訪問について調整してほしい。
車のルートを見て、時間的に無理なところがあれば教えてほしい。
距離が遠すぎたり、もっと効率的なルートがありそうなら見てほしい。
つまり、
「スケジュールをお願いしたい」=「スケジュールを全部自分で作ってほしい」ではなかったのです。
これは、かなり大きな発見でした。
仕事を任されたら「全部やる・何もしない」の二択にしない
仕事を任されたとき、僕たちは意外と、
「やる」
「やらない」
の二択で考えがちです。
でも、実際にはその間にたくさんの選択肢があります。
たとえば、
①自分が主体的にやる
自分が中心になって進める仕事です。
責任もある程度引き受ける。
②一部分だけ担当する
全体は別の人が担当し、自分は一部だけサポートする。
③確認・チェックだけする
自分で作るのではなく、相手が作ったものを確認する。
④必要なときだけ相談する
基本的には相手に任せて、問題があったときだけ対応する。
この区別ができるようになると、
「全部背負わなければいけない」
という思考から少し離れられます。
「何をしてほしいのか」を具体的に聞く
僕が最近やっているのがこれです。
仕事を頼まれたら、
「具体的には、どこまでやればいいですか?」
と確認する。
これは、仕事を拒否しているわけではありません。
むしろ逆です。
相手が本当に必要としている部分に、自分の力を使うための確認です。
たとえば、
「スケジュールをお願いしたい」
と言われたら、
「スケジュール全体を組むところまででしょうか。それとも、一部の調整とルート確認でしょうか?」
と聞く。
すると、相手の求めている範囲が明確になります。
「全部お願いします」と言われるなら、それはそれで仕事の範囲が見えます。
一方で、
「いや、ここだけで大丈夫」
となれば、最初に自分が想像していたより仕事は小さい。
この一言だけで、背負う責任がかなり変わります。
仕事を任されたときに確認したい5つのこと
僕は今後、仕事を頼まれたときに、次の5つを意識したいと思っています。
1.目的
「何のためにやるのか?」
目的がわからないまま作業を始めると、必要以上に動いてしまいます。
2.範囲
「どこからどこまでが自分の仕事なのか?」
ここは特に重要です。
3.責任者
「最終的な判断をするのは誰なのか?」
自分がサポートするだけなのか、最終責任まで持つのかで仕事は大きく変わります。
4.期限
「いつまでに必要なのか?」
期限が曖昧だと、勝手に緊急性を高く設定してしまうことがあります。
5.完成の基準
「どこまでできたら終わりなのか?」
ここがないと、仕事は永遠に続きます。
「もっと良くできるかもしれない」
と考え続けてしまうからです。
「主要人物とコミュニケーションを取る」という考え方
職場では、全員とコミュニケーションを取ったほうがいい。
もちろん、それは理想だと思います。
でも、現実には自分の時間も注意力も有限です。
特に仕事が複雑になるほど、
「Aさんはこう言っていた」
「Bさんはこう言っていた」
「Cさんは別の意見だった」
と情報が増えていきます。
すると、情報を集めることそのものが仕事になってしまう。
だから僕は、
「全員に意見を聞く」ことと「主要な人と継続的に情報を合わせる」ことを分けたほうがいい
と思うようになりました。
たとえば、
「最終的に判断する人」
「その業務を実際に担当している人」
「自分に直接依頼している人」
など、仕事を進めるうえで重要な人を中心にコミュニケーションを取る。
もちろん必要なときは他の人にも確認する。
でも、最初から全員の意見を集めようとはしない。
これは、人間関係を避けるというより、
情報を整理するための方法
なのだと思います。
仕事を頑張りすぎる人ほど「境界線」が必要なのかもしれない
仕事の負担について考えるとき、「頑張るか、頑張らないか」だけで考えると難しくなります。
重要なのは、
どこまでなら自分が責任を持てるのか
という境界線です。
仕事の要求が大きくなり、なおかつ役割が曖昧になると、心理的な負担も大きくなりやすいことが研究でも示されています。特に日本の労働者を対象とした研究では、高い仕事要求と役割の曖昧さが重なると、心理的苦痛との関連がより強くなっていました。
また、仕事の要求だけでなく、裁量や知識、周囲からの支援といった「仕事の資源」があることは、燃え尽きのリスクを抑える方向に関連しています。これはJob Demands-Resources(JD-R)モデルとして研究されています。
だから、
「もっと頑張らなければ」
だけではなく、
「自分にどこまで裁量があるのか」
「誰に相談すればいいのか」
「どこまでが自分の責任なのか」
を整理することも、仕事を続けるうえでは重要なのだと思います。
ぐるぐる考えてしまったら、「考える」より「確認する」
僕自身、仕事のことでもプライベートでも、頭の中で何度も考えてしまうことがあります。
「本当に期待されているのかな」
「どう思われているんだろう」
「もっとやったほうがいいかな」
「やらなかったら評価が下がるかな」
こうやって考えていると、いつの間にか頭の中だけで仕事が巨大化していきます。
でも、考えても答えが出ないことがあります。
そういうときは、
推測を続けるより、確認できることを確認する。
これが意外と大切なのだと思います。
「どこまでやればいいですか?」
「最終判断は誰がしますか?」
「ここまでで大丈夫ですか?」
「優先順位はどちらですか?」
たった一つ質問するだけで、頭の中で膨らんでいた仕事が小さくなることがあります。
心配や反芻への心理的介入については、CBTなどが反芻・心配を減らす方向に効果を示したメタ分析もあります。
特に「考え続ける」ことと「問題を具体的に解く」ことは同じではありません。
実験研究でも、強い心配状態では問題解決への自信や解決策の評価が低下することが示されています。
だからこそ、
「今これは考えているのか、それとも解決しようとしているのか?」
と自分に問いかけてみる。
これは、これから僕自身が身につけたい習慣です。
「期待に応えない」のではなく、「必要なところで応える」
ここは、今回の記事で一番伝えたいところかもしれません。
仕事を任されたからといって、何でも断ればいいわけではありません。
もちろん、自分の役割としてやるべき仕事はあります。
困っている人がいたら助けることも大切です。
チームで働く以上、自分の仕事だけをやって終わり、というわけにもいきません。
でも、
「だから全部背負う」必要もありません。
大切なのは、
「これは自分がしっかりやる」
「これはサポートする」
「これは担当者に任せる」
「これは今はやらない」
という線引きを少しずつ作っていくこと。
それは冷たいことではないと思います。
むしろ、自分が無理なく働き続けるための責任感なのかもしれません。
20代の自分にはできなかったことを、今は少しずつ覚えている
昔の僕は、「期待されること」をかなり大きく受け止めていた気がします。
頼られたら頑張る。
任されたら全部やる。
期待されたら応えなければいけない。
それ自体は悪いことではありません。
むしろ、真面目に仕事をするうえでは大切な部分だと思います。
ただ、その真面目さが強すぎると、自分のキャパシティを超えてしまう。
そして、頑張っているのに、なぜか空回りする。
今になって思うのは、
「頑張ること」と「全部背負うこと」は違う
ということです。
以前の自分は、この二つを同じものとして考えていたのかもしれません。
今は少しずつ、
「これは本当に自分がやることなのか?」
「相手は何を求めているのか?」
「どこまでやれば十分なのか?」
と考えられるようになってきました。
まだ完全にはできません。
期待されると、今でも張り切ってしまいます。
でも、以前より一度立ち止まれるようになってきた。
それだけでも、少し違うのだと思います。
仕事は「全部背負う」のではなく「適切な大きさで引き受ける」
仕事を任されたとき、
「期待されているから頑張らなければ」
と考えてしまう人は、少なくないと思います。
でも、
仕事を任されたことと、高く評価されていることは必ずしも同じではありません。
そして、頼まれた仕事の範囲も、自分が想像しているより小さいことがあります。
だからこそ、
事実と解釈を分ける。
仕事の範囲を確認する。
誰が最終的な責任者なのかを確認する。
主要な人と情報を合わせる。
自分が背負う範囲を決める。
この5つを意識してみたいと思います。
「何もしない人」になる必要はありません。
反対に、「何でも自分で背負う人」になる必要もありません。
目指したいのは、その間です。
必要な仕事にはしっかり関わる。
でも、必要以上の責任まで背負わない。
それが、本当の意味で仕事を長く続けるための「頑張り方」なのかもしれません。
そして僕自身も、まだこのバランスを探している途中です。
これからは、「どれだけ頑張ったか」だけではなく、
「どこまで引き受けるのが適切だったか」
という視点でも、自分の仕事を振り返っていきたいと思っています。

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