家族って、近いようでいて、実はすごく難しい関係なのかもしれません。
嫌いだから距離を取りたいわけではない。
むしろ、大切だからこそ心配になる。
「もっと何かできたんじゃないか」
「昔、あんなことをしなければよかった」
「親にも、もう少しできることがあったんじゃないか」
そんなことを、大人になってから考えるようになりました。
僕にはADHDがあります。
そして、僕の弟は、長い間学校や社会との距離が大きくなった時期があります。精神的な不調が疑われることもありましたが、僕が把握している範囲では、統合失調症と正式に診断されたわけではありません。
ただ、家族の中で精神的な問題が起きたとき、「家族はどう接すればいいのか」という難しさは、実際に感じてきました。
そして今の僕には、もう一つの悩みがあります。
家族を大切にしたい。でも、家族の人生まで背負うことはできない。
今回は、自分の過去を振り返りながら、家族との距離について考えてみたいと思います。
子どもの頃の僕は、家の中でよく泣いていた
幼少期の僕は、家の中でよく泣いていました。
思春期以降になると、今度は怒ることが増えました。
親に反発する。
感情的になる。
強い言葉を使う。
そして、弟に当たることもありました。
振り返ってみると、僕には「弱い人に対して当たりやすい」ところがあったのだと思います。
今になって考えると、弟にはかなりストレスのかかるコミュニケーションをしていました。
暴言を吐いたこともある。
叩いたこともある。
泣かせてしまったこともある。
当時の僕は、そこまで深刻なことをしているという認識がなかったのかもしれません。
でも、大人になって振り返ると、
「弟に対して、本当にひどいことをしていたな」
と思います。
家の中がピリピリしていた時期もありました。
僕と父親の両方が怒りっぽく、家族が僕たちの様子を気にしているような状態だったと思います。
そして、僕と父親は似ているところがある。
それも、今になって強く感じます。
ADHDと分かってから、子どもの頃を見直すようになった
僕自身がADHDと診断されてから、それまでとは少し違う視点で自分の幼少期を見るようになりました。
当時は、
「なんでこんなに怒るんだろう」
「なんでこんなに落ち着かないんだろう」
「なんで普通にできないんだろう」
という扱いを受けることもありました。
でも、今なら、自分の行動にもある程度の理由があったのだと思えます。
ADHDは、注意や衝動性、多動などの特徴が学校・家庭・友人関係など複数の場面に影響することがあります。また、遺伝的な要因もリスクに関係しています。
もちろん、
「ADHDだったから仕方なかった」
とは思っていません。
自分の行動で弟や母親を傷つけた部分は、今でも申し訳ないと思っています。
でも、
「理由があった」ことと「相手を傷つけなかった」ことは別の話です。
この二つを分けて考えることが、今の僕には必要なのだと思います。
「もっと早く相談につながっていれば」と思うこと
弟は18歳頃から学校に行かなくなりました。
その後、大学受験に向けて勉強し、浪人を経て大学に合格したこともあったそうです。
だから、単純に「ずっと引きこもっていた」というわけではありません。
時々アルバイトや仕事をして、1年、2年と続いたこともありました。
それでも、一般的な社会生活からは距離が大きくなっていきました。
その様子を見てきた僕は、
「もっと早く精神科などの専門機関につながっていたら、何か違ったのではないか」
と思うことがあります。
そして、これは弟だけではありません。
僕自身も、もっと早く自分の特性について相談できていたら、感情のコントロールや生きづらさについて、違った対応ができたかもしれないと思っています。
ただ、ここには注意したいこともあります。
「早く受診していれば、すべてうまくいった」とまでは言えません。
実際にどんな経過になっていたかは、今となっては分からないからです。
精神的な不調には、遺伝的要因だけでなく、環境や生活上のストレスなど、さまざまな要因が関係します。統合失調症についても、複数の遺伝子や環境・生活上の要因が組み合わさって発症リスクに関係すると考えられています。
だから、「あのときこうしていれば」と過去を一つの原因にまとめすぎないことも大切なのだと思います。
家族の中に「精神的な問題」があっても、本人だけの問題ではない
大人になってから、家族のことをさらに振り返るようになりました。
両親の両方の家系に、アルコールの問題を抱えていた人がいたことも知りました。
僕自身も以前、アルコールにかなりはまっていた時期があります。
弟も今、お酒をかなり飲んでいるようです。
こうしたことを知ると、
「自分たちの家族には、そういうものに影響されやすい部分があったのかもしれない」
と考えるようになりました。
実際、アルコール使用障害には遺伝的な要因があり、発症リスクの約半分から6割程度に遺伝的な影響があると説明しています。一方で、遺伝だけで決まるわけではなく、環境やストレス、飲酒経験なども関係します。
だから僕は、
「こういうリスクについて、もっと早く家族みんなが知っていればよかったのではないか」
と思うことがあります。
ただ、これも親だけを責めれば済む話ではありません。
当時は、発達障害や精神的な問題について、今ほど身近に情報がなかった。
親自身も、何が起きているのか分からなかった可能性があります。
そして何より、親も一人の人間です。
完璧に子どもを育てられるわけではありません。
それでも、親に対して「もっとできたんじゃないか」と思う
そうはいっても、
「もう少し違う対応ができたんじゃないか」
という気持ちが消えるわけではありません。
僕の場合、たとえば、言葉で長く説明するのではなく、紙に書いて整理してもらう。
本人が理解しやすい方法で伝える。
必要なら専門機関に相談する。
そういった方法をもっと早く知っていたら、自分自身の生きづらさも少し違っていたかもしれません。
親に対して、
「どうしてもっと早く気づいてくれなかったんだろう」
と思うことがあります。
でも、そのことをそのまま親にぶつけたいわけではありません。
今の母親との関係は悪くありません。
だからこそ、
「これを言ったら、母親は傷つくんじゃないか」
と思ってしまう。
ここが家族の難しいところです。
過去を話すことは、誰かを責めることと同じではありません。
「あなたが悪かった」と伝えるのではなく、
「自分はこう感じていた」
と伝えることもできます。
一方で、何でも言えばいいわけでもない。
相手が今それを受け止められるのか、自分は何のために話すのか。
そこまで考える必要があります。
「自分が弟を壊してしまったのではないか」と考えることがある
これは、今でも時々考えてしまいます。
自分が弟に当たった。
暴言を吐いた。
叩いた。
泣かせた。
いつもストレスのかかるコミュニケーションをしていた。
だから、
「自分が原因で不登校になったんじゃないか」
「その後の人生にも影響したんじゃないか」
と思ってしまうことがあります。
でも、ここには一つ、自分自身に問い直したいことがあります。
本当に、弟の人生をそこまで自分一人の責任にしていいのだろうか。
僕が弟を傷つけたことと、弟がその後どう生きることになったのかは、分けて考えた方がいい。
僕に責任がある部分はある。
でも、弟の人生全体を僕の責任にすることはできない。
精神的な問題や不登校、社会生活の難しさには、いろいろな要因が関係します。
だから、
「自分は悪かった」
だけでもない。
「自分には何の責任もない」
でもない。
その間にある、少し曖昧なところに立つ必要があるのだと思います。
今の弟とは、深い話をするわけではない
現在、僕は2〜3週間に1回くらい家族に会いに行っています。
弟が仕事や外出でいないこともあります。
会えば、普通に話します。
最近は筋トレやコーヒー、漫画のこと。
そういう日常の話をするくらいです。
病気について、深い話をすることはありません。
昔のことも話していません。
そして、僕は弟に謝りたいと思っています。
「昔はごめん」
と。
でも、まだ実際には言えていません。
こういうことも、家族ならではなのかもしれません。
言わなければならない気もする。
でも、わざわざ過去を掘り返して弟を苦しめることになるかもしれない。
だから、今の僕は迷っています。
家族だからといって、全部支えなければいけないわけではない
今の僕は、家族と一緒に暮らすことには難しさを感じています。
自分自身も家族に迷惑をかけることがある。
家族のペースに合わせ続けるのも難しい。
父親との関係もあります。
弟が家の中で大きな声を出すことがあれば、僕自身もショックを受けたり、イライラしたりします。
だから僕は、
別々に暮らしながら、外で会う。必要なときに助ける。
くらいの距離が、自分にとっては合っているのかもしれないと思っています。
これは家族を大切にしていないという意味ではありません。
むしろ、関係を壊さないために距離を取ることもあると思うからです。
「家族だから何でも口を出す」は、本当に家族を支えているのか
以前は、家族が困っていると、
「こうした方がいい」
「こうするべきだ」
と言いたくなることもありました。
でも、それって本当に対等なのかなと思うようになりました。
自分だって、いろいろ聞かれすぎたり、あれこれ指示されたりすると嫌になります。
だったら、弟も同じ一人の大人です。
自分のことは自分で決める。
困って相談してきたら、一緒に考える。
必要なときには助ける。
でも、頼まれていないことまで全部決めない。
それくらいの距離の方がいいのかもしれません。
精神病圏の支援でも、本人と家族それぞれのニーズを尊重しながら、情報共有や協力、問題解決を進めることが重視されています。家族支援は「本人を家族が管理する」というものではなく、本人と家族が協力していく形が基本です。
僕が理想とする「対等な家族」
今の僕が考える理想の家族は、誰か一人が家族全体を動かす家族ではありません。
父親だけが決める。
母親だけが我慢する。
弟だけが支えられる側になる。
僕だけが家族のことを考える。
そういう関係ではなく、
それぞれが一人の人間として、自分の人生を持つ。
そして、必要なときだけ助け合う。
誰かが困っていたら話を聞く。
でも、本人の人生まで全部決めない。
自分のことは自分で決める。
家族だからといって、上下関係を作らない。
僕は、そんな家族が理想です。
家族の問題を「誰か一人のせい」にしない
今になって思うのは、
「父親が悪かった」
「自分が弟を傷つけた」
「親がもっと早く病院に連れて行けばよかった」
と、誰か一人に原因を集めても、家族の問題は解決しないということです。
もちろん、傷つけた行為については、傷つけた側が考える必要があります。
僕自身も、弟に対して申し訳なかったと思っています。
でも、それと「家族のすべての問題の原因が自分だった」と考えることは違います。
家族には、家族それぞれの性格や特性、生まれ育った環境、時代背景、生活上のストレスがあります。
そして、人は大人になってからも変わっていきます。
だからこそ、
過去を振り返ることは、誰かを裁くためではなく、これから同じことを繰り返さないためにする。
そのくらいでいいのではないかと思います。
まとめ――家族を大切にすることと、距離を取ることは両立する
家族だから、近くにいなければいけない。
家族だから、全部助けなければいけない。
家族だから、過去のことを我慢しなければいけない。
僕は、最近そうとは限らないと思うようになりました。
別々に暮らす。
たまに会う。
普通の話をする。
困ったときには助ける。
でも、相手の人生を勝手に決めない。
自分の人生も、自分で生きる。
それでも家族であることに変わりはありません。
僕には、弟に謝りたいことがあります。
親に対して、「もっとこうしてほしかった」と思うこともあります。
そして、自分自身についても、
「もっと早く自分のことを理解できていたら」
と思うことがあります。
でも、過去を変えることはできません。
だから今は、
家族全員が、それぞれの生きづらさを「自分だけの問題」にせず、でも誰か一人に責任を押しつけることもなく、対等な立場で付き合っていく。
そんな関係を作れたらいいと思っています。
家族を支えることは、いつも近くにいることではない。
家族の人生を背負うことでもない。
もしかすると、
必要なときに手を差し伸べられる距離で、お互いに自分の人生を生きること。
それも、家族を大切にする一つの形なのかもしれません。


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